人気ブログランキング |

奈良 東吉野村 自然てんねんうまいもん。 杉ヶ瀬

sugigase.exblog.jp
ブログトップ
2008年 11月 06日

食欲の秋。。実りの秋です。。


吉野山 風に乱るる 紅葉は 我打つ太刀の 血煙とみよ

b0110629_014329.jpg

秋が来るとある人の辞世の句を思い出します。
天誅組3総裁吉村寅太郎氏の時世の句です。
文久三年9月27日は新暦にすると1863年11月8日となりちょうど後数日です。

文久3年8月同志と共に、天誅組を組織して大和五条の代官所を襲撃し「御政府」樹立を宣言したが、八月十八日の政変で長州藩が京都を追われると孤立無援となり、高取城を奪取しようとしたが失敗、虎太郎自身も味方の撃った銃弾にあたり負傷、幕府が差し向けた1万の大軍と最後まで戦ったものの、9月27日人夫の担ぐ駕籠で鷲家口を目指し移動中、恐れをなした人夫に置き去りにされ、物置小屋に隠れているところを藤堂藩兵に見つかり銃殺されてしまいました。

享年、27歳の若さでこの東吉野村で命を落とした天誅組三総裁の一人。
吉野の山奥で無念の死を迎えた。

そんな明治維新の魁となった天誅組の方々のお墓が東吉野にはたくさんあります。
村の人々が自分たちのお金、力をあわせ村のいろんな場所にお墓を作りました。
後に幕府により墓石を山から投げ落とされ奉ることを禁止されました。それでも東吉野村の人達は山から谷に投げ落とされた墓石を丁寧に運びもとのお墓に戻しました。
そのため、明治谷の墓石はほとんどが角がない墓石、半分に折れた墓石など、当時の面影を
残しております。

純粋に天誅組というネームバリューを用い、村の過疎化のための人集めやイベントなどを行いお金儲けの道具にするのではなく、純粋に昔から慰霊するこの村の純粋な人々の心。

今も尚、毎月行われている住民によるお墓掃除、天忠組義挙から145年、ただひたすら慰霊する精神はこの村の誇りではないでしょうか?

b0110629_026816.jpg

話は変わりまして、むかごです!この時期むかご御飯や和食ではよく使われるこの実
ヤマノイモ(自然薯)のつるに出来る実です。(^-^)
このツルを手繰り、土の中を彫ると自然薯(じねんっじょ)が出てきます(^-^)ただし掘る根性は並大抵ではありませんが。。。(;^_^A
小売店などではヤマノイモ(自然薯)とナガイモを混同して販売している例を見掛けますが、ナガイモはヤマノイモ(自然薯)と異なり日本原産の野菜ではなく、また山野に野生化することもありません。。
b0110629_029114.jpg



そんな仕事の合間を見つけ先日、地元の先輩、先輩のご兄弟、後輩とバイクでツーリングに出かけました。あいにくの天候でしたが龍神まで(;^_^A

b0110629_0313864.jpg


b0110629_0315770.jpg



もうすぐ、ぼたん鍋、ぼたんちゃぶしゃぶ始めます!!ご予約はお早めに!!

by sugigase | 2008-11-06 00:33 | プライベート


<< 大栗!どうだ!      松茸もそろそろ終わりです。。(... >>